会長挨拶


トラ-クルとトラ-クル協会

 

三枝紘一

 

 ゲオルク・トラ-クル(Georg Trakl)は、オーストリアのザルツブルクに1887年に生まれ1914年に27歳で亡くなった夭折の詩人です。しかし、その詩はドイツ語圏文学において類い稀な資質を示しています。20世紀最大の哲学者と言われているハイデガーも、ドイツを代表する詩人ヘルダーリンとリルケの詩と共にトラ-クルの詩を論じています。ザルツブルクと言えばモーツァルトの生地でもありますが、知名度においては、両者は雲泥の差があります。しかし、その芸術的価値においては、ジャンルは異なりますが、引けをとらないと思われます。

 トラ-クルは、文学史的に言えば(初期)表現主義の詩人に類別されていますが、ヘルダーリン、ランボー、ボードレール等の影響を受けながらドイツ語圏のみならず、ヨーロッパ全体から見ても、その独自な詩世界は屹立しています。その詩の特徴は、ヘルダーリンのように詩想ではなく、感覚的な要素、すなわちイメージと音韻で押してゆく傾向が強いと言えます。ただ本来の音韻の美しさは、外国語である日本語にはほとんど移せず、したがってこの点は味わいがたいですが、その多様なイメージの魅力は翻訳でも十分鑑賞に値します。またトラ-クルの詩のイメージ世界の最大の特徴は、色彩が豊かなことです。おそらく世界の詩の中で最も多彩な色彩を駆使していると言えるでしょう。とりわけ青の使用は独特で象徴の域にまで高められており、トラ-クルが「青の詩人」と言われる所以となっています。色彩に富む形象と情緒的な詩風は、自然を愛し、短歌や俳句に親しんできた日本人の心性に合うと思います。

 しかしトラ-クルの詩は、その感覚的な魅力は感じ取れるのですが、解釈するとなるとリルケがいみじくも「踏み込めない鏡像の世界」と言っているように一般に難解とされています。しかし個々の詩にわたると難度の違いがあり、平易な詩も珍しくありません。

 また上述したようにトラ-クルの詩は、イメージと音韻で押していく傾向が強いのですが、思想的な深みを欠いているわけではありません、ただ一貫とした思想は捉えがたいと言えます。しかし断片的ではありますが、各処に深い認識がキラリと光るところがあり、これも魅力の一つになっています。

 トラ-クルの詩の基調は、詩によって差はありますが、一般に暗いと言えます。しかしその詩は、魔力的な(謎めいたと言ってもよい)魅惑があり、一度接すると虜になること請け合いです。

 トラ-クル協会は、トラ-クル文学の研究を促進し、その発表の場を提供すると同時にこれを一般に普及させようとする目的のために1995年に設立されました。したがって今年(2015)でちょうど20年になります。日本トラ-クル協会と「日本」を冠しなかったのは、世界で唯一であるという自負からです。また研究会としなかったのは、研究者ばかりでなく、一般の愛好者にも門戸を広げるためでした。したがって現に一般の愛好者も入会しています。主な活動として年2回(春秋)に研究発表会を開催し、年1回研究誌を発行しています。

 ミニ協会ですが、研究者に限らず、トラ-クル文学の愛好者、更にはこれを機にトラ-クルの詩に触れてみようと思われる方も入会していただければ幸いです。

 以下に主なトラ-クルの作品集を挙げます。

 

訳書 全集    :『トラ-クル全集』中村朝子訳、青土社、1987

   アンソロジー:『トラ-クル詩集』平井俊夫訳、筑摩書房、1967

   同     :『対訳 トラ-クル詩集』ノルベルト・ホルムート、黒崎了、滝田夏樹訳、同学社、19671985

   同     :『トラ-クル詩集』吉村博次訳、彌生書房、1968

   同     :『トラ-クル詩集 原初への旅立ち』畑健彦訳、国文社、1968

   同     :『トラ-クル詩集』滝田夏樹訳、小沢書店、1994

原書 全集    :『Georg Trakl  Dichtungen und BriefeOtto Müller Verlag. 1987

                :『Georg Trakl  Sämtliche Werke und Briefwechsel

(Bd.I,II,III,IV1.IV2) Roter Stern Verlag. 19952007

アンソロジー:『Georg Trakl  Das dichterische Werkdtv. 1974

                :『Georg Trakl  Werke, Entwürfe, Briefe Philipp Reclam jun. 1986

                :『Georg Trakl  Fünfzig GedichtePhilipp Reclam jun. 2001